エキストラ、哲学、など。

 今日は朝5時半に起床し、6時半の電車に乗って8時に大阪NHKの入口に集合してロケバスに乗り、山奥での撮影にエキストラとして参加してきました。時々頭数合わせてお声がかかります。ありがたいことです。退屈でもないですが、平穏な日常にちょっとしたスパイスが加わる感じで。『あー、あの番組、こんな感じで作られていたんだ』とか『えー、この部分台本あると思ったのにみなさんアドリブで喋っているんだ』とか、第一線のプロのボキャブラリー、機転の利かせ方とか勉強になることばかりでした。

 また放映される日とか分かればお知らせするかも。

 その後、夕方5時半にまた大阪のNHKに戻ってきて解散。

 帰り道、阪急高槻市で下車して10年以上交流のある演出家の方とお酒を飲みながら少し演劇のお話を。

 彼は言いました。「哲学のない作品は面白くないですよね?」

 わたしはどこかの本で読んでいました。「哲学のない文章は面白くない。読者は物語を読みたいのではない。哲学を読みたいのだ。」

 生き方に全く影響しない作品というものは無価値に等しい。

 そもそも哲学がない演劇作品とは何か?物語をより面白く感じてもらうための仕掛けがメインの作品です。その時は面白く見ることができる。ですが、その後に印象に残ったシーンなどを思い出して反芻しようとしても、仕掛けのみが思い出されて肝心の内容が、ない。そういう印象を受けることが多いです。哲学がない作品には。

 哲学が作品の根底に流れている作品は人生の中の何かの拍子に登場人物のセリフが突然思い出されたり、後々まで自分の人生に影響を与えてくれる気がします。